沖縄でのリトリートが終わりました。
同時に、アクアフローティングのトレーニングがスタートしました。
とてもいい時間でした。

2026年の夏の海でのアクアフローティングは終わりということで、
今回どこかの海でお会いして参加くださったあなた、どうもありがとうございました。

 

アクアフローティングと出会ってから13年ほど。
初めて体験したとき、これだ!となって、そして今年ようやく本格的にアクアフローティングを伝えることがはじまった。

そういえばわたし、だれかを好きになる時もおんなじような感じだと、今そう思った。
自分が相手を好きなことが大切で、相手が自分を好きかどうかはまずは関係ない、気にもとめない。
好きになると、一途にすすむ。
これは恋愛の話だけじゃなく、出会いの話。
そんなかんじで、アクアフローティングとは、わたしの一目惚れからスタートした。

その一途さとすすんでいくと、いろんなものに出会った。

 

もしかしたら、この人はわたしのことを好きじゃないのかもしれない
わたしはこの人とは合わないのかもしれない
恋愛だとすればこんなかんじで、

わたしはアクアフローティングには向いていないのかもしれない、
アクアフローティングに必要な質をわたしは持っていないのかもしれないとか、
ギリから教わってたから、ギリのようにはうまくできないとか。

「自分には向いていないのかもしれない」
わたしにとっては毎度とても馴染みのあるこの言葉。

自分が面白いと感じて、もっと知りたいと感じた時、
だいたいが最初の課題に突き当たったとか、思ったようにすすまない時に出てくるこの考え。

 

「向いていないかもしれない」
便利な言葉だと思う。なんとなく本当らしく聞こえる。
らしく聞こえるだけで、本当ではない。

向いていること=自分はモノにできることを先に保証してもらいたいとか、
今の自分のままですすませろやー認めろやーと自分が変わることを嫌がってるとか、
いろんな疑いがあるから、向いている向いていないという言葉で判断したいのだと思う。

何度もこの言葉が扉をふさごうとする場面を体験するようになって、
わたしにとって「向いていないかもしれない」が出てきたときというのは、
とても大事なもの、すごく好きなものと出会えたということかもしれない。
そんな素晴らしいものと出会えて、拒否される怖さ、
より深い出会いに導かれていくことへの畏れが、自分を繊細にしているのだとしたら。
そんなふうに感じられるようになった。

 

今あるその不安や疑いや、そして好きで大切と感じていること、そこから起こるさまざまな感情や昔の記憶、
それらと共にいながら、今ほんのちょっとだけでも、すべてとそんな自分と一緒にいてみよう。

もしあなたにも、わたしと同じように、
こうゆうときにいつも出てくる言葉や思いや感情があるなら、
それは実際にはなにが起こっているのか、ニュートラルに観てみる機会としてみるといいと思います。

ポジティブにもネガティブにも力を貸さずに、観察してみる。
これもアクアフローティングの体験の中で育っていった質です。

 

アクアフローティングのトレーニングに参加できる次の機会は12月を予定しています。

興味のある方、共に旅しませんか?

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