動いていると、見えないものがある。
動いていたら、気づかないことがある。
じゃあ、動きを止めたらいいじゃないと思うかもしれないけど、
動きを止めるのが怖いのかもしれない。
怖いから、動きを止めないのかもしれない。
去年、インドで、パラグライダーをした。
わたしは高いところがめっちゃくちゃに怖い。だから普段は近づかない。
それなのに、なんで行ったのかはナゾだけど。
山を車でどんどんと登って、飛ぶポイントへ近づいていくに連れて、
やばいかも・・とやっと気づきだして、
飛んでしまうまで、そこまで怖いことに気づいてなかったのか、
もう後に引けなくなってたのか、それともおかしくなってたのか。
本当にナゾ。
それで、空を飛んだまではいいけど、
飛んだ瞬間、すぐに足元の大地がなくなって、下を見てしまった・・。
もうそれは想像以上という言葉では表現しきれない。
下が見える階段でさえ苦手なわたしなのに。
で、もうそこからずっと叫びまくってた。
叫んでないと、、もう叫ぶことしかできない。
ほんとに怖くて、叫んでると怖さが少しだけごまかせたから。
着陸した後、手が使えなくなってた。
すっごい力でベルトを握っていたから。
わたしがパラグライダーに乗ってる時の叫びみたいに、
叫んで怖さを紛らわせてたみたいに、
動かないと見えないものがあるというのは、
動いていれば、見なくてすむということ。
動いて、止まらずに動き続けて、
感じたくないものを感じないように、見たくないものを見ないように。
仕事とかおしゃべりとか、スマホとか趣味とか、
その動きを止めるのが怖いのは、
もしかすると、なにかが怖くて、動きを止めれないのだとしたら?
なにが怖いんだろう。
静けさ、孤独、不安、焦り、いろんな感情、頭の中の声。
なにかわからない、そのわからないということが怖いのか?
あるなにかに薄々気づいていて、はっきりと見るのが怖いのか?
動きを急に止めなくてもいい、
少しだけ動きをゆっくりとしてみるだけ。
そうすると、ゆっくりといろんなものが見やすくなる。
そのなにかを、そのまま見てみたら、
そっか、これだったの?!って、力が抜けたりして。
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