安心安全な場をつくる
セラピーや心理学などでよく見る言葉です。

 

安心安全という言葉を聞くと、
わたしの中で出てくるのは、日本国憲法の三原則のひとつ、基本的人権の尊重という言葉。
なぜかよく出てくる。

 

この憲法の意味そのものが安心安全な場をつくるということに関係してるかどうかはおいといて、
国とか国民という概念が無いところで、生きているもの全てにもたらされたもの。
人であることは、安全安心であることとイコール、というような感覚。

安心で安全であることは、誰からも何からも侵すことのできないもの。
侵すとか尊重とか、そんな言葉が及ばないところでありもの。
すべての者に基からあるもの。権利や持っているものでもなく、あるもの。

そんな感じで、安心安全と基本的人権の尊重という言葉がつながる。

 

三原則ってどんなんだったっけと思って、調べてみた。

国民主権
基本的人権の尊重
平和主義

何年振りに触れたんだろうか?
当たり前の、とても大事なことが書かれていた。
感動した。

 

目覚めた者を表しているようだなって感じた。
ふとoshoを想った。そして何人かの顔が浮かんだ。

自分自身で在り、
永久の権利ー自由・平等・生存権ーを謳歌していて、
平和を訴えるんじゃなく、平和を生きてる。

身体とつながるとは、まさにこうゆうことで、
わたしたちのそれぞれの内側でこのようなことが起こっていると、
ゆたかであり、しあわせであり、平和であり、あるがままである。

 

身体につながると、安心安全とは、自分の内側で感じるものなんだとわかる。
誰かに安全で安心な場をつくってもらう必要がなくなる。

安全安心とは、怖いや不安がない場所じゃない。
怖いと感じても不安と感じても泣いても笑っても大丈夫だと感じれる場。
そんな場所あったらいいよね?
自分自身がそうなんです。
それを思い出したらいいんだ。

 

 

募っています。
身体とつながりたい、
自分自身でありたいという方、
ふと興味がわいた方にも、
ここに書いていること体験したいという方にも、
おすすめします。

新らしいセッションをスタートします。

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