こんにちはスタジオウーヌスのぎりです。

今日の鎌倉の海は快晴、ちびっこ達がたくさん集まっています。
子供達の水泳教室でしょうか?

友人がFBでOshoの言葉をシェアしていました。

ギータという長年Oshoとともに過ごした日本人女性の質問です。

『 不幸なことに、日本はもっとも抑圧された国のひとつだ。

それは、孔子の古くからの影響だ。

もしあなたがくつろいだら、

星は、海は、空は、存在全体は、あなたと共にある。

知識からではなく、意識から行動しなさい・・・・』

とOshoは語ります。

私たち日本人にとって、とても大事な言葉が語られています。

読んでみてください。

ギータの質問:

愛するOSHO、私は、振り返ることなく自分自身の道を見い出すために、日本を後にしました。

その頃、私は、思い出して日本の条件づけに引き戻される、あらゆるものごとに直面することを嫌っていました。

いま、私が感じることは、それとはまったくちがっています。

それは、私のなかで古い日本が死んで、新しい日本が現われたかのようです。

私は、新しい世界に向かって広がってゆく美の資質、感受性、途方もない許容力を感じることができます。

かつて私は、窒息しそうな抑圧の雲をいつも感じていました。

いま、私は空中でのダンスを感じます。

愛するマスター、なにが変わったのでしょうか?

OSHOの答え:

ギータ、あらゆるものが変わった。

基本的にはあなたが変わったのだ。

あなたは、もはや12年前に日本を後にした、その同じ人物ではない。

あなたの意識には新しい翼が生えた。

あなたは、抑圧をもたらす、あらゆる条件づけを落とした。

不幸なことに、日本はもっとも抑圧された国のひとつだ。

それは、孔子の古くからの影響だ。

孔子は、25世紀にわたって、極東全体を支配してきた。

エチケットをわきまえた、わざとらしい、文化的な人間と、文明化された流儀に関するかぎり、孔子にはほかに並ぶ者がいない。

だが、彼は自己を実現した人間ではない。

彼は魂のことはなにも知らない。

事実、彼は内なる世界がありうることさえ信じていない。

彼の概念全体は、外側の世界のものだ。

そして、この外側の世界を、もっとも文化的に、洗練されて、優雅に生きるにはどうしたらよいか、ということが彼の哲学の基盤だ。

 中国、韓国、日本、タイ—–インドを除いたアジアのほとんどすべてが孔子に支配されてきた。彼らはみな、途方もなく美しく生きてきた。

だが、その美しさは、作法という外側のものにすぎない。

彼らの微笑みは偽りだ。

だが、彼らは、真正な微笑みと偽りの微笑みとを区別することがまったくできないほど修練を積んできた。

おそらく、偽りの微笑みの方が見た目はよいのかもしれない。そ

れは修練されているからだ。それは規律だ。

日本人のマインドは、もっとも規律を課せられたマインドのひとつだ。

だが、その規律のなかで、自発性はすべて死んでしまう。

人は定められた規則、法令に従って生きる。

だが、状況に応じる意識の自由はない。

が、状況は、毎日、刻一刻と変わってゆく。

変わってゆく存在とともに自分も変わる能力を持たないかぎり、あなたが喜びを感じることはけっしてない。

あなたの内側には、たいへんな緊張と苦悶がつねにあることになる。

日本では自殺の率がもっとも高い。

ちょっとした理由で、人びとは自殺する。

緊張があまりにも激しいために、圧力と緊張のもとで生きるよりは、自殺する方が楽に思える。

圧力と緊張があまりにも尊ばれているために、それに背く者は誰でも、実にひどい非難を受ける。

反逆者たちは日本には存在しない。反逆そのものが知られていない。

それは、誰もが見せかけだけだ、というひじょうに奇妙な社会を創り出した。

美しくはあるが真正ではない。

楽しげには見えるが、喜びはない。

見かけだけはうまく化粧されているが、内面は虚ろだ。

ギータ、あなたが私のもとに来たのは、全面的にまったく正反対の世界に来ることだった。

ここで、私は自発性を強調する。

訓練ではない。

ここでの私の教えは、瞬間のなかで応じることができるように、ということだ。

自分の知識から行動を起こしてはいけない。

自分の意識から行動を起こすがいい。

いかに古いものであろうとも、いかに昔からあるものであろうとも、規律の命じるままになってはいけない。

あらゆる条件づけから身を引いて、条件に左右されない、

自発的な、瞬間から瞬間へと変化し、流れ、くつろいだ生を生きるがいい。

私にとって、宗教的である道はほかにない。

宗教として知られているものはすべて、人びとの生を破壊してきたにすぎない。

それが彼らの自然さを毒してきた。とてつもない緊張を生み出し、くつろぎを許してこなかった。

が、人間たちを除くと、存在全体はまったくくつろいでいる。

緊張するやいなや、あなたはもはや存在の一部ではない。

あなたは独り取り残されている。

それがたいへんな不安を生み出す。

もしくつろいだら、星はあなたとともにある。

樹、川、山、鳥、あらゆるものがあなたとともにある。

存在全体が、突然、わが家に変わる。

あなたは存在のなかにいる外国人ではない。

アウトサイダーではない。

見知らぬ人ではない。

あなたは存在に属している。

存在に根づいている。

あなたの生と、存在の生は、分離したふたつのものではない。

それらはひとつの現象だ。

分離という観念全体が偽りだ。

この12年間、あなたが私とともにいたことを、私は知っている。

あなたは日本を振り返らなかった。

日本には主流がある。

それはひじょうに化石化した社会だ。

それは死人たちで成り立っている。

だが、わずかな部分はひじょうに活気がある。

が、それは主流ではない。

それは主流に沿って流れる。

だが、それがほんとうの日本、日本の魂そのものだ。

そのわずかな部分は、たったひとつのことだけに全面的にかかわっている人びとで成り立っている。

それは瞑想だ。

彼らは、自分たちのエネルギーすべてを、ひとつのポイント、どうやってマインドを超えるかということだけに集中させている。

このわずかな人びとが魂そのものだ。

彼らは生きている人びとだ。

もっとも生きている人びとだ。

自分たちの僧院で、彼らは可能なかぎり自然な生を生きている。

人間の本性が存在に対して許すかぎりの経験さに満ちて—–。

これらは世界のどこにでも見い出すことのできる、もっとも美しい花だ。

ここに来ることで、あなたはほんとうに生きている日本を見いだした。

振り返る必要がなかったのはそのためだ。

 

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