クラニオバイオとクラニオセイクラルセラピーの違いを考えてきました。そして、クラニオワークの父、サザーランドの理論の変遷を見てきました。今回は、クラニオセイクラルセラピーの創始者、アプレジャー(1932~2012)について私の知る範囲でまとめてみます。

1970年、オステオパシーのドクターであったアプレジャーは、頭部の手術の助手を務めていました。その時、硬膜(脳と脊髄を守る硬い膜)にリズミカルな動きを発見しました。この出来事をきっかけにアプレレジャーは、クラニオワークの探求を始めます。

1975年~1983年ミシガン州立大学の生物学力学教授及び臨床研究員として研究を重ね、クラニオセイクラルセラピー(1983年Craniosacral Therapy出版)としてわかりやすい体系を創りました。

1985年には教育機関であるアプレジャーインスティテュートを設立して、世界中の多くの人々に、クラニオセイクラルセラピーを伝え出しました。

それまで、クラニオワークは、オステオパシーの大学でしか、教育を受けることができませんでした。クラニオワークの施術をするには長年の教育、インターンの経験が必要で、ごく限られた人にしかこの素晴らしいワークを実践することができませんでした。

アプレジャーは、お母さんにクラニオワークを使って自分自身の子供を癒してもらいたい、そんなビジョンを持っていたそうです。

10プロトコルという比較的平易に習得できる手法を作りました。

そしてクラニオセイクラルセラピーは、急速に世界中に普及しました。

アプレジャーの理論は、サザーランドの第一次呼吸メカニズムとして1939年にCranial bawlで発表された物理的な身体システムを前提としています。

物理的な身体を流れるリズム(6~12/分)をクラニオセイクラルリズムとアプレジャーは名付けました。(CRIークラニアルリズミックインパルスーという呼び方もあります。)

サザーランドの後期のクラニオワークは、『いのちの息吹』という言葉に象徴されるような 深淵な宇宙観、生命観に基づいています。そして癒しはセラピストの手で行われるのではなく、大きないのち、宇宙に委ねることにより行われると理解しました。

アプレジャーが後期のサザーランドのワークに関心を持たなかったのか、わかりやすく世界に伝えるのに、不要なものであったのかは、私にはわかりません。

私には、アプレジャーがこのワークを世界中に、医療従事者だけでなく、子供をケアするお母さんにも、多くの人に伝えたい・・・と言ったとても強いパッションを持っていたように思えます。

私自身、クラニオセイクラルセラピーを学び、施術を長年行ってきました。

とても大好きなワークでした。

ただ、初めてクラニオバイオの説明を受けた時、あまりにも広大な世界を垣間見たようで、茫然と立ち尽くすかのように感じたのを今でも覚えています。そしてその感動を持って、今も学び、ワークしています。

(このブログは、以下の関連ブログの続きの記事です。)

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